ネットワーク流通と著作権制度協議会 コンテンツの流通促進方策に関する分科会報告書(09.3.10案)について意見

棚野正士備忘録

09.3.23、標記分科会に提出 棚野正士(IT企業法務研究所代表研究員)

1.「ワンチャンス主義」という用語について

 報告書「3.放送コンテンツに関する諸権利についての製作者への権利集中の対処の必要性(5)実演家」(報告書7・8ページ)の中で、「いわゆるワンチャンス主義」という用語が2回、「ワンチャンス主義」という用語が5回、計7回「ワンチャンス主義」が1ページ余の中に出てくる。  しかし、その概念はあいまいであり、“いわゆるワンチャンス主義”と記述されているにすぎない。  実演家の権利に関して、一般的に「ワンチャンス主義」という言葉がよく使われ、実演家の権利の性格を表す用語として一人歩きしている。一旦許諾して実演を録音・録画すれば以後実演家は権利を失い、その後の利益を確保するためには、当初の契約で利益を確保しておかなければならないという意味で使われる。この言葉は実演家の権利を消極的に捉える場合に安易に援用され、「ワンチャンス主義」という言葉が法的吟味を受けることなく一人歩きしている現状である。  しかし、ワンチャンス主義の概念を明確にすることなく、“いわゆるワンチャンス主義”という捉え方で実演家の権利を論じるのは危険である。  「著作権事典」(出版ニュース社)によれば、「ワン・チャンス主義」は「ローマ条約上の実演家の権利の性格を説明するために、日本の立法関係者が便宜上使用した言葉であり、国際的に通用するものではない。」(409ページ)とあり、ローマ条約より厚い保護を与えている日本の著作権法上の実演家の権利を単純に“いわゆるワンチャンス主義”で解釈することは、議論を誤った方向に導くと考える。  現に第63条(著作物の利用の許諾)は第103条によって実演家に準用されている。準用して読み替えると、「実演家は、他人に対し、その実演の利用を許諾することができる。その許諾を得た者は、その許諾に係る利用方法及び条件の範囲内において、その許諾に係る実演を利用することができる。」と規定している。  この条文によって解釈すると、例えば実演家が劇場用映画に出演した場合、映画が映画として利用されることについては実演家の許諾権は働かない。劇場で上映する、放送で放送する、あるいはDVDにする等の場合は、映画を映画として利用することに当たる。  しかし、劇場用映画を部分的に利用した場合、例えば放送で映画の一部を使うとか、CMで利用するとか、カラオケの映像に部分的に利用した場合は、劇場用映画の目的外利用であり、実演家の権利が働くと考える。  したがって、実演家の権利については、「いわゆるワンチャンス主義」で一般論として論じるのでなく、第103条で準用する第63条の規定も踏まえて解釈することが必要であると考える。

2.「29条1項に一本化する改正」について

 報告書は「3.放送コンテンツに関する諸権利についての製作者への権利集中の対処の必要性」(1)番組の製作者への映画の著作物の著作権の帰属」の中で、「29条2項(及びこれと同種の規定である同条3項)は廃止し、29条1項に一本化する改正を行うことが適当であると考えられる。」(報告書5ページ)と述べている。  しかし、他の条文との整合性、あるいは他の規定に与える影響を検討することなく、この結論を導き出してよいかどうかが気になる。  例えば91条との関連である。実演家は91条(録音権及び録画権)1項で録音権及び録画権を有するが、2項で映画の著作物において録音され、録画された実演については、これを適用しないと定められている。  この規定は、「映画については、映画の著作権が29条で映画製作者に移転しているが、実演家の場合には、その権利が適用されないというだけで、実演家の権利自体は映画製作者に移転していない」という趣旨である(「コピライト2002.10月号19ページ:藤原浩弁護士講演録「実演家の権利を巡る問題点―デジタル時代における実演家の権利のあり方についてー」参照)。  実演家の権利が“いわゆるワンチャンス主義”という漠然とした概念の下に、29条1項に一本化する結論によって影響を受けるとしたら、映画の著作物においても、権利は映画製作者に帰属することなく実演家が有しているという現行規定と矛盾する。  又、同じ自然人でありながら、著作者と実演家の権利には条約上も国内法上も格差があり、それを修正してきた過程が実演家の権利の歴史であることを考えると、仮に29条2項(及びこれと同種の規定である同条3項)の廃止が実演家の権利の規定に影響を与えるとすれば、それは権利発展の流れに逆行するものであり、法制度上の基本問題に触れると思わざるを得ない。  なお、映画の著作物に関連する規定を考える場合、「映画の著作物」の定義規定を置く必要があるかないかを論じることも併せて考慮されてよいのではないかと思う。

以上

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