私的録音録画補償金問題に関するしろうとの点描的考察(1) ―著作権者の損害とは何か―

棚野正士備忘録

2010.7.10 IT企業法務研究所代表研究員 棚野正士

1.著作権分科会私的録音録画小委員会における議論

 著作権分科会私的録音録画小委員会第5回議事録(平成19年6月15日)を見ると、消費者団体代表の委員が次の発言をしている(同議事録16頁、30頁)。 「許されている範囲内ですることでどれだけ損失につながっているのかを示してほしいと申し上げました。」「どこに損失があるのか、私的録音録画をすることによって総体が増えることによってどのような損失があるのかということを投げかけたのですけれども、そういう根本的なことを投げかけますと、重箱の隅ですとか言葉尻をとらえてと言われまして答えていただけないのですね。」 「まず何が損失なのかをはっきり示してくださいと。はっきりが難しいとしても説明してほしいと言うと重箱の隅、言葉尻と言って、まるでお答えいただけないのですね。それで、まあ、何となく損失はあるのだろうというところから前提に立って話が進んでいくというのは全く納得することはできません。」  「損害概念とおっしゃいましたけれども、消費者は何に対して薄く広く補償金を取られているのか、何のために払っているのかを聞きたかったわけですね。」「友達に複製をあげたときにマイナス1枚とか、恋人だったらだめで奥さんだったらいいのか、そういう議論があったという話も聞きました。そういうことをおっしゃるから、全体として全く私的録音録画ができなかったときに売り上げは上がるのかということを申し上げました。」「権利者さんがこういう場合は1枚の損失、2枚の損失、とおっしゃっていたときは、何もそういうことに対して皆さん反論というか疑問を呈さないで、もしかして実害はないかもしれないけれども補償金は損害概念に対して払っているのかもしれないならそう説明していただきたいです。どう説明しようがというよりも、どんな理由でも補償金制度がありさえすればいいんだというふうにしか聞こえないので、私は何に対して補償金を払っているのかを言い続けているわけです。ですから、実害があるのかないのか、損害概念とおっしゃるならそのことを説明していただきたいです。」  この消費者団体代表の委員の問いかけに対して、他の委員からの明確な回答や発言は見当たらなく、CDやDVDなどの売り上げの減少、販売への影響、あるいは逆に私的録音録画によるCD,DVDなどの販売への貢献など一般的な議論がされて、権利者の利益が侵害されているとか、メーカーが利益を得ているとかの観点から論じられているような印象を受ける。  しかし、私的録音録画における「損害」とはCD、DVDなどの販売への影響からくる「損害」を直接的に意味するだろうか。勿論、産業的損害は著作権的損害に直結する。しかし、一旦両者は切り分けて考えないと議論が混乱するのではないか。「著作権的損害」と「産業的損害」は基本概念が異なると考えるからである。  私的録音録画小委員会の議事録を見ると、消費者団体代表の委員の苛立ちが伝わってくるが、本来こうした基本的課題こそ先に議論して損害概念を委員全体で整理しておくべきではないだろうか。  この消費者団体委員の問題提起は重要であり、この疑問に答えないでおくと、論議は堂々巡りし混乱するように感じる。何故なら、それは消費者である国民が当然に抱くであろう疑問であるからである。

2.著作権法における損害概念

 著作物等を用いた商品の販売、売り上げへの影響という産業的損害と著作権的損害は基本的には異なるのではないかと考える。  確かに私的録音録画によって、CD、DVDなどの普及、販売は大きな影響を受け多大な損失を招く。大きな産業的損害が生じ、それによって著作権利者は不利益を蒙る。 しかし、著作権法30条(私的使用のための複製)2項による“私的使用を目的として(一定条件の下に)、録音又は録画を行う者は、相当な額の補償金を支払わなければならない”という規定は、著作物等を用いた商品の売り上げ減少への補償を意味しているのではない。又、104条の5(製造業者の協力義務)は、商品の製造販売への影響からくる損害への補償金の支払いの請求及び受領への協力を意味しているのではない。  著作権の基本は「著作権者は、他人に対して、その著作物の利用を許諾することができる」(著作権法63条)ことであり、その条件として、著作権者は利用に対する対価を得ることができる。この原則に対して、私的録音録画は30条(私的使用のための複製)で権利制限が認められて例外として規定されている。  私的録音録画補償金は30条で自由利用が認められる例外への補償である。もし、権利の制限という例外規定がなく原則規定だけであれば、私的複製といえども著作権者の許諾を必要とし、許諾条件として、利用に対する対価を得られるはずである。しかし、現行法の下では権利の制限規定があるため、原則から生まれるはずの対価が失われることになる。そのことが著作権利者にとって「損害」ではないだろうか。  著作権法には、次のような規定がある。すなわち、「その著作権又は著作隣接権の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額を自己が受けた損害の額として、その賠償を請求することができる。」(114条3項)という規定である。     この規定は、例えば、著作権者の許諾なく海賊版が製造販売された場合、正規商品であれば受け取っているであろう使用料額を、損害額として請求できるというものである。  この考え方は、例外規定を受けて著作権者の許諾なく著作物が利用される私的録音録画の場合にも、当てはめることが出来るのではないか。そして、私的録音録画における個々の著作物等の利用について、受けるべき金銭の額を算出することはできないが、社会全体としての総額を推計することは可能であり、その推計される総額を権利者の「損害」と仮定するとどうか。私的録音録画補償金はそうした「損害」への補償であると言えないだろうか。  私的録音録画補償金制度は、社会全体としての「損害」、すなわち「著作権的侵害」が拡大し、原則が揺らいできたため設計された社会的バランス装置である。

3.コピーコントロール

 SARVH・東芝私的録画補償金訴訟についての東芝報道用資料「私的録画補償金に対する当社の対応について」(平21.11.11付)を見ると、東芝は、従来のアナログ放送においては著作権保護技術(ダビング10やコピーワンス)が施されておらず無制限にコピーが可能なことから、アナログチューナーについては補償金の対象にすることで関係者間の合意がなされてきたが、現在のデジタル放送においては著作権保護技術が施されてコピーが制限されているため、デジタル放送の録画に特化したアナログチューナーを搭載していないDVDレコーダーが補償金の対象か否かについては、関係者の合意が得られていないと主張している。  しかし、「特定機器の指定」は著作権政策の問題である。これに対して「コピーコントロール」は産業政策の問題である。両者は次元の異なる問題であり、両者を混同してはならない。ダビング10であれ、コピーワンスであれ、そこにはコピーが存在する。コピーが存在する以上、著作権問題が存在する。  次元が異なる著作権政策の問題と産業政策の問題が交わるのは、「コピーゼロ」のコピーコントロールが施される時である。その時は補償の必要性の問題は生じない。

以上

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