私的録音録画小委員会中間整理に関する意見(平成19年11月8日文化庁提出)

棚野正士備忘録

  1. 個人/団体の別:個人
  2. 氏名:IT企業法務研究所代表主任研究員 棚野正士
  3. 住所:101-0047 東京都千代田区内神田2−2−6 田中ビル6階
  4. 該当ページおよび項目名:45ページ 「3補償金の支払義務者(2)見直しの要点」
  5. 意見:

(意見要旨)

 第30条第2項を原則とした上で、私的録音録画補償金支払の特例を定め(第104条の4)、製造業者等の協力義務を規定したことは(第104条の5)、日本法の優れた“法的叡智”であり、技術的進展を裏づけとする基本的考え方の変化がない限り、現行制度は維持されるべきである。  また、返還制度(第104条の4第2項)は、私的録音録画を行う者が支払義務者であれば当然現行法制度が維持されるべきである。返還制度を実効性のあるものとするかどうかは、法律上の問題ではなく、法の運用上の問題であると考える。  なお、対象機器等の範囲については、私的録音録画に使用される可能性を持つハードディスク内蔵型録音機器等、また汎用機器・記録媒体は報酬請求権の対象となり、支払義務者は可能性の程度に応じた支払義務を負わなければならない。

(理由)

  1. 平成4年11月26日開会第125回国会衆議院文教委員会における参考人斉藤博教授の意見が、「補償金の支払義務者」を考える場合重要な根拠になる。 参考人斉藤博教授(当時、筑波大学教授、著作権審議会委員)は、著作権法の一部を改正する法律案(内閣提出第5号)について、次の通り意見を述べている。(第125回国会衆議院文教委員会会議録第1号から抜粋)
    1. 「その案(改正法律案)を見させていただきますと、長い年月をかけただけのことはあるというのでございましょうか、ディジタル時代にふさわしい、国際的にも新しい規定を見ることもできます。あるいは国際著作権界に誇り得る考えも盛り込まれているように思います。 一つ例を申し上げますと、この法律案の30条の2項、新たに加えられます2項によりますと、「録音又は録画を行う者は、相当な額の補償金を著作権者に支払わなければならない。」(略)これは他の先進諸国がなそうとしてできなかった規定でございます。大分古い話でございますが、ドイツが1965年法を制定するに際しまして、その前に政府草案が出されました。これによりますと、やはりユーザーが報酬を支払う、こういう規定になっていたのでございます。しかしその後、果たしてそのユーザーが直接任意に支払うだろうか、さらには家庭に法律が介入するのはプライバシィーの保護の点でいかがなものか、こういう消極論が出まして、結局のところ製造者または輸入者がその種の報酬を支払う、こういう規定に落ちついたところでございます。 これは、アナログ時代におきましては、確かにこの種の規定、実行するに難しいところかもしれません。しかし、ただいまのようなディジタル時代に入りますと、状況は一変してくるように思います。(略)この種の規定、ディジタル化時代には最も先端を行く規定になるのではないか、このように思います。 当面は第二段階としまして、特例としまして、機器それから記録媒体のメーカーに協力義務を課しまして一括処理する、こういう仕組みにいたしているようでございます。こういう二段構えの非常に現実的な規定を設けましたということは、極めて敬服に値することであろうかと存じます。」
    2. 「法律案に出ております特例の方でございますが、これはやはり過渡的な措置と考えることができるような気がします。将来的には、技術的手段を用いまして、30条の2項、これが実効性のあるものに変わっていくのではないか、このように思います。(略)将来的には、私の勝手な理想かも知れませんけれども、30条の2項そのものが生きてくるのではないか(略)、このように期待しております。」
    3. 「先ほどもちょっと触れた点と重なりますが、一つはただいま御指摘のように、案の30条2項にございますような、直接ユーザーが支払うという仕組み、これは世界的にも全く新しい規定でございます。しかし、それにとどめませんで、やはり現段階の技術を考えますと、もう一段階、もう一つ第二段階を設けまして、特例として製造者または輸入業者の協力を得て包括的な徴収をする、一つの法律の中にこういう二つの制度を盛り込んでいるという点は、これもまた非常にユニークなことであろうかと思います。 それから、その第二段階における協力義務、メーカー等、製造者等の協力義務でございますが、固有の義務としないで協力義務とした点、これもやはり特殊な規定の仕方であろうかと存じます。」
  2. 上に見るように、著作権審議会委員で、且つ第10小委員会主査として改正法案を纏めた斉藤博教授の意見は現行制度の基本的性格を衝いたものであり、この基本的性格は当面維持されるべきであると考える。
  3. すなわち、現行制度は一つの法律の中に二つの制度を盛り込んだものである。一つは第30条2項の直接録音又は録画する者が補償金を支払うという規定であり、他の一つは、特例として特定機器又は特定記録媒体の製造又は輸入を業とする者に協力義務を課して、一括処理を行い補償金を徴収するという仕組みである。 特例としてのメーカーあるいは輸入業者の協力義務は過渡的なものであり、技術の進展によって、「将来的には、技術的手段を用いて、30条2項が実効性のあるものに変わっていく。30条2項そのものが生きてくる。」(上記斉藤教授意見)と考えるのが法制度の発展の上で合理的である。
  4. 法制度の基本的性格と基本的構造は、上記の通り法制度創設時における考え方が維持されてよいと思うが、その運用については、それとは別に以下のとおり考えるべきである。
    1. 報酬請求権制度は権利者と利用者の利益調整の性格をもつが、この場合、「利用者」にはユーザーと製造者の両者が含まれると考える。録音又は録画を行う者を狭義の利用者とすれば、録音又は録画の用に供される機器、記録媒体を製造する者等も広義の利用者である。著作物・実演等がなければ、機器・記録媒体は商品価値を持ち得ず、また、機器・記録媒体が存在しなければ著作物・実演等の市場的広がりはなく、報酬請求権制度は権利者と狭義の利用者の利益調整機能を持つと共に、権利者と広義の利用者の利益調整機能を持つ。実質的には製造者と権利者の利益調整的機能を持つと考える。 このことからすると、理論的には、ユーザーが支払義務を負うと共に製造者も広義の利用者として支払義務を負うということも成立するのではないかと考える。
    2. 製造業者は、「著作物を成程直接的には利用しないで、単に装置のみを提供するにすぎない。しかし、経済的には、彼は著作者財の用益者でもある」(斉藤博「著作権法第53条5項に対する憲法異議と連邦憲法裁判所の判断」(コピライトo.169/3ページ)ことを考えると、製造業者が「協力義務者」の立場に安座して、法制度の運用を第三者的視点で論じるのは誤りである。製造業者は「第三者」ではなく「当事者」である、名目上は協力義務者であるが、実質的には支払義務者である。製造業者は著作物等の享受者、用益者であり、利用者である。 製造業者が実質的には支払義務者であるという考え方に立てば、「返還制度」の運用にも影響を与えると考える。 「私的録音録画小委員会中間整理(案)」では製造業者等の「協力義務とは何か」についての議論が不足しており、基本的認識が欠落しているように見受けられる。

以上

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