法制問題小委員会報告書(案)に対する意見 (IPマルチキャスト放送の著作権法上の取扱い等について)

棚野正士備忘録

棚野正士(IT企業法務研究所代表研究員)

1.有線放送により放送を同時再送信する場合の規定の見直し

 平成18年2月14日付文化庁長官官房著作権課「IPマルチキャスト放送の取扱いについて」は、「放送される実演の有線放送(同時再送信)は権利制限あり(=実演家は無権利)」と記して文化庁の見解を示している。  この文化庁の見解によって、放送される実演の有線放送(同時再送信)について、実演家は“無権利”という認識が広く一般的になっており、このことが “IPマルチキャスト放送は、著作権法上「自動公衆送信」と位置付けられ、番組の「放送」に当たっては権利者の許諾を求める範囲が「有線放送」に比べて広くなっている。そのため、関係業界等では、「通信・放送の融合」を進めるためにも、著作権法上IPマルチキャスト放送を「有線放送」と同様の取扱いにすることを要望している”(平成18年6月7日付文化審議会著作権分科会法制問題小委員会報告書案2ページ)という状況を生み出していると考える。  著作権法第92条第1項では実演家は有線放送権を占有すると定めているが、同条第2項第1号では、放送される実演を有線放送する場合には有線放送権は適用しないと権利を制限している。しかし、これは条文の形式的な文理解釈であって、実体的意味をもつ論理解釈ではないと考える。  第92条第2項第1号の立法趣旨は、実演が放送されれば、その放送波の利用は放送事業者の権利によって処理することとなるので、その放送事業者の権利を通じて実演家の権利を実質的にカバーしてもらうことを予定して、法律上は、有線による同時再送信には実演家の権利が及ばないとしたものであり、実演の放送についての許諾が放送を受信して行う有線放送までもカバーしていると考えたわけでは必ずしもない(加戸守行・著作権法逐条講義四訂新版486ページ)。  この立法趣旨に基づいて、実演家の団体は他の著作権者四団体(日本脚本家連盟、日本シナリオ作家協会、日本文芸家協会、日本音楽著作権協会)と連名で、昭和48年から有線放送事業者と包括的な契約を結び、その権利処理システムは、著作権審議会関係小委員会等で公的に認知され評価を受けてきている  又、この包括契約の有効性、合法性については平成17年8月30日知財高裁判決(コピライトNO.539.3/2006。梅田康宏「判例研究/CATVによる放送の同時再送信に関する「5団体契約」の有効性および適用範囲が問題となった2つの事件」参照)でも認められている。  このように、放送の有線放送による同時再送信について、実演家は“無権利”ではなく実体的に権利を有していると考えられ、著作権法第92条の立法趣旨に基づいて契約によって権利の実体を形成してきた歴史を踏まえると、報酬請求権ではなく著作者と同様に許諾権を定めるべきではないかと考える。例えば、現行法の場合、放送の同時再送信を止めようとすれば、出演時に放送事業者に否を意思表示すればよいが、法改正によって報酬請求権になると、同時送信を止めることは基本的に出来なくなる。

 なお、仮に、現行第92条2項を改正して、「放送される実演を有線放送する場合」(第92条2項1号)に実演家の有線放送権を制限して報酬請求権を認めるとすれば、“契約に別段の定めがない限り”という趣旨に立って法改正がされるべきである。例えば、第94条(放送のための固定物等による放送)に見るように、実演家に報酬請求権を付与する規定にあって、「契約に別段の定めがない限り」(第94条1項)という定めがもつ意義は重要である。  又、他の適用除外(第92条2項2号イ、ロ)も見直して、少なくとも「有線放送する場合」については報酬請求権を認めることが配慮されてよいと考える。

2.IPマルチキャスト放送により放送を同時再送信する場合の規定の見直し

 法制問題小委員会報告書(案)は、「IPマルチキャスト放送の著作権法上の位置付け」について、「IPマルチキャスト放送は、IP局内装置までは、「同一内容の送信」が行われているが、局内装置から各家庭までの送信は、各家庭からの「求めに応じ自動的に行う」ものであることから、「自動公衆送信」であると考えられる」として、「IPマルチキャスト放送により放送を同時再送信する場合」、実演家に許諾権が与えられていることを確認した上で、“報酬請求権に改めることが適当”と述べている。  著作権法上の権利形成の歴史を振り返って考えた場合、権利を切り下げるという形で法改正を行ったことがあっただろうか。著作権法制史から見れば、無権利の状態から権利を付与する、あるいは報酬請求権を許諾権にするという権利強化の流れではなかったか。  実演家は著作者同様許諾権が基本であり、そうでなければ実演の利用を積極的に許諾することはできない。又、実演の利用者と報酬を取り決める場合も、許諾権が背景になければ適正な報酬を定めることはできない。  文化芸術振興基本法は、著作者等の保護及び利用について国の責務を定め(第20条)、又、知的財産基本法は、知的財産の創造、保護及び活用に関する基本理念にのっとり、知的財産の創造、保護及び活用に関する施策を策定し、実施する国の責務を定めており(第5条)、さらにコンテンツの創造、保護及び活用の促進に関する法律でも同様の国の責務を定めている(第4条)。こうした国の政策の全体的流れを考えると、現在認められている許諾権を引き下げることは理解し難いと言える。

以上

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