2017年最大の悲しみ:佐野文一郎さんの急逝

棚野正士備忘録

棚野正士

 2017年12月25日クリスマスの日に、一本の訃報が届いた。

 「各位:元文部事務次官、元文化庁長官、元著作権課長 佐野文一郎様(享年九十二)におかれましては、平成二十九年十二月二十二日(金)に御逝去されましたので、ここに謹んでお知らせします。
 通夜及び告別式は、既に近親者のみで執り行われております。
 また、御遺族の意向により、御香典、弔電、供花につきましては、謹んで御辞退申し上げたいとのことですので、併せてお知らせいたします。

 「各位:元文部事務次官、元文化庁長官、元著作権課長 佐野文一郎様(享年九十二)におかれましては、平成二十九年十二月二十二日(金)に御逝去されましたので、ここに謹んでお知らせします。
 通夜及び告別式は、既に近親者のみで執り行われております。
 二十九年十二月二十五日 公益社団法人著作権情報センター」

 佐野文一郎氏は著作権法全面改正当時著作権課長を1963年から1970年まで8年間勤め、現在の著作権法制をつくりあげた最大の功労者である。著作権法制上の巨人である。著作権関係者は巨人佐野文一郎氏に対してそれぞれの感慨を持っておられると思うが、わたくしも著作権界の末端に位置する者であるがその訃報に接し、泣きたいような、大泣きしたいような悲しみを覚える。
 佐野さん(と親しく呼ぶことをお許し願いたい)は心優しい方で、折に触れて葉書に小さい字でびっしりと書いて手紙を頂いた(わたくしの書斎では家宝として保存している)。CPRA20年史を書いたときも丁寧な手紙を頂いた。

 ひとつの出来事であるが、わたくしはCRIC発行コピライト2011年8月号Copyright Essayに「実演家の録音権・録画権を複製権に」という記事を書いた。内容は概略次の通りである。

 著作権課草案が起案された当時の著作権課長であった佐野文一郎氏は「放送事業者には98条で写真による複製権を認めていますから、テレビジョンの画面を写真に撮ることについて放送事業者は権利を持つ。しかし、実演家は舞台で踊っているところを写真に撮ることについて権利がないということになっています。この区別の説明は、(中略)実演の場合には舞台で踊っている一瞬間を固定するのは、実演の固定ではなかろう。実演というのはある程度そこに連続したものがあるはずなんで、それを固定するから実演の固定ということが問題になるんだ。写真にとるのは実演の固定ではないという説明になるのですが、私は個人的にはそこには反対なんです。(笑)やはり写真による複製権を実演家に認めるべきだと私は思っています。」と意見を述べられている(「新著作権セミナー第13回―著作隣接権(つづき)−」ジュリスト481号104ページ以下、有斐閣、1971)。

 大韓民国著作権法(1986年12月31日法律第3916号)第63条(録音、録画権)は、「実演家は、その実演を録音若しくは録画し又は写真で撮影する権利を有する。」と規定している(『外国著作権法令集(7)−韓国・台湾編―』著作権資料協会、1987)。その後改正された大韓民国著作権法(2009年7月31日法律第9785号)では、第69条(複製権)「実演者は、その実演を複製する権利を有する。」と定め、第2条(定義)22号で「『複製』とは、印刷、写真撮影、複写、録音、録画若しくはその他の方法により有形物に固定し、又は有形物に改めて製作することをいい(以下、略)」と規定している(金亮完訳「外国著作権法令集(45)−韓国編―」(著作権情報センター、2011)。  一瞬の演技、一音の演奏も実演家の全人格が投影された芸であり実演であることを考えると、実演家の「複製権」は古くて新しい課題として検討されてよいのではないだろうか。但し、実演家の写真複製権は判例法で保護され、実演の分野によっては契約で利益が守られており、検証すべき課題は多々あると考えられる。

 この考え方について佐野さんに報告したところ、佐野さんから「実演家の複製権については、私はいまでも草案当時と同じように思っていますが、変った環境の下で、難しさを増しているのでしょうか。」という手紙を頂いた。わたくしにとってひとつのテーマである。

 佐野さんへの追悼として、このテーマを追ってみたい。

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