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前・文化庁著作権課長 山下和茂氏が「著作権行政をめぐる最新の動向について」講演―CRIC著作権特別講習会―

2009.8.28
IT企業法務研究所代表研究員 棚野正士

 前・文化庁長官官房著作権課長山下和茂氏が、8月26日東京・明治記念館で開催されたCRIC著作権特別講演会で、会場満員の300人の聴講者を前に2時間、「著作権行政をめぐる最新の動向について」と題して講演した(私的録画補償金による著作権制度普及事業)。

 山下氏は冒頭、昭和45年以降の著作権法改正規模の比較を、改正条文数と改め文の文字数を挙げて、“計数著作権法制史”とも言うべき手法で説明し、昭和45年法を別にして、平成21年法が過去最大規模の著作権法改正で、“平成の大改正”であることを強調した。

 その上で、山下氏は今次改正法(平成22年1月施行の平成21年法律第53号)の意義と概要を的確に、丁寧に講義し、又、今後の主な検討課題である「権利制限の一般規定の導入」「私的録音録画補償金制度の見直し」「通信・放送の在り方の変化への対応」「保護期間の延長問題」等について、本質的な論点を踏まえながら解説した。

 山下和茂氏の2時間に亘る優れた講義の底に流れるものは、「著作権問題」は“経済問題”よりも“文化問題”であるという基本理念である。
著作権人として山下氏は講演の最後にご自分の著作を引用して次の通り述べている。

 「私もデジタル技術やインターネットは画期的な道具だと思うし、便利に使わせてもらっていますが、それが産業革命に匹敵するほどの変化を引き起こしているなどという主張はかなり眉唾ものだと感じます。突然出現したサイバーワールドを目の当たりにして、それを何か特別なものだと信じている一部の人々が、既存の社会システムに対して特別扱いを要求しているに過ぎないと思います。デジタルやネットも、あと10年後には私たちの世界のありふれた部品になっていることでしょう。既存の社会システム(その一部である著作権法)も、完全無欠の宇宙真理などではなく、人間がつくる不完全なものだと静かに認識しつつ、必要な見直しは淡々と進めればよいでしょう。
そんなことより大事なのは、文化の領域における創作物は、すぐれて個々の人間の命と生活と思想に根ざしたものであり、そうでなくては人の心に響くはずがないという真理でしょう。それら一つ一つを慈しむのが大人の文化というものであって、これは経済効率第一主義の対極にある姿勢でしょう。我が国のセレブな人々が、「デジタル化・ネットワーク化」の熱から醒めた後に、今度こそ右往左往せずに、そこを認識することによって、人類史に一時代を画すような成熟した大人の文化が我が国から花開くことを、心から願っております。」
(CPRA news Vol.45<2008年7月号>掲載山下和茂著“大人の「文化立国」~「デジタル化・ネット化」の宴の後に~”より)

 「文化の領域における創作物は、すぐれて個々の人間の命と生活と思想に根ざしたものである」という基本的な洞察は聞く者の心を打つ。
 ことに、著作者及び実演家は自然人であり、著作物及び実演は自然人が創作する文化的所産である。今日の経済社会では、この基本的視点がともすれば揺らぎ置き忘れられるだけに、この山下和茂氏の基本理念は繰り返し吟味され確認されなければならない課題である。

 今回のCRIC著作権特別講演会の講演録は、CRIC発行「コピライト」2009年11月号に掲載予定であり、その刊行が待たれる。

以上

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