IT企業法務研究所 創作者の地位に関する研究網

東芝私的録画補償金訴訟

―ひとりの市民から見た素朴な疑問―

2010.7.7
IT企業法務研究所代表研究員 棚野正士

1.社団法人私的録画補償金管理協会(SARVH)の訴訟提起

 SARVHは株式会社東芝を被告として、著作権法104条の5(製造業者等の協力義務)及び民法709条(不法行為の要件と効果)に基づき、デジタル放送専用のDVD録画機器に係る未納付の私的録画補償金の支払いを求める訴訟を平成21年11月10日東京地裁に提起した。

 SARVHは報道用資料(平21.11.10付)で次の趣旨の主張をしている。
「著作権法上、『特定機器』に指定されたDVD録画機器の製造業者は、当該録画機器を販売するに際し、補償金を価格に上乗せして販売し、徴収した補償金を、文化庁長官により『指定管理団体』に指定されたSARVH(私的録画補償金管理協会)に納付すべき義務を負っている。
実際に、各製造業者は、録画機器が補償金の対象とされた平成11年7月以降、現在に至るまで、一貫して、対象の録画機器に際して徴収した補償金をSARVHに納付している。東芝も、『アナログチューナー』を搭載したDVD録画機器については現在に至るまで一貫して補償金の徴収及び納付を継続している。
しかしながら、東芝は、『アナログチューナーを搭載していない』デジタル放送専用のDVD録画機器(平成21年2月1日発売。以下、『本件機器』という。)に関しては、著作権法上の『特定機器』に該当するかどうか『疑義がある』として、納付期限である平成21年9月30日に当該録画機器に係る補償金を納付しなかった。
SARVHは、東芝に対して、平成21年4月から半年以上にわたり、本件機器に係る補償金を納付するよう要請し、著作権法を所管する文化庁も、平成21年9月、その正式見解として『アナログチューナーを搭載していない』デジタル放送専用のDVD録画機器が『特定機器』に該当することを書面で明らかにした。
東芝は、文化庁の見解に従う意思がなく、現状では、当事者間の話合いによる解決は極めて困難であることから、本件機器が『特定機器』に該当するかにつき、司法の判断を仰ぐこととし、東芝に対して、未納付の補償金相当額を請求する訴訟を提起した。」

2.東芝の反論

 前記SARVH(私的録画補償金管理協会)の主張に対して、被告である東芝は、報道用資料「私的録画補償金に対する当社の対応について」(平21.11.11付)で、次の通り反論している。
(1)補償金の徴収について:従来のアナログ放送においては著作権保護技術(ダビング10やコピーワンス)が施されておらず、無制限にコピーが可能なことから、アナログチューナーを搭載するDVDレコーダーについては補償金の対象にすることで関係者間の合意がなされていた。
 しかし、現在のデジタル放送においては著作権保護が施されてコピーが制限されているため、デジタル放送の記録に特化したアナログチューナーを搭載していないDVDレコーダー(以下、アナログチューナー非搭載のDVDレコーダー)が補償金の対象か否かについては、消費者、権利者、製造業者など関係者の合意にいたらず、結論が得られていない。(平成21年1月文化審議会著作権分科会報告書)。
 東芝は法令で定める録画機器に関して補償金の徴収に協力しているが、一方で、アナログチューナー非搭載DVDレコーダーについては補償金の対象か否か明確でないため、現段階では購入者から補償金を徴収できないと判断する。
(2)アナログチューナー非搭載のDVDレコーダーについて:現在、東芝が販売しているDVDレコーダーのうちアナログチューナー非搭載DVDレコーダーは下記の5機種である。これらの商品については発売当初から現在にいたるまで、購入いただいた方から補償金を徴収していない。
 2009年2月発売 RD-E303、RD-G503K、RD-G503W
 2009年8月発売 RD-E1004K、RD-E304K
(3)今後の対応について:現状では、東芝が発売するアナログチューナー非搭載のDVDレコーダーは補償金の対象か否か明確でないと判断している。補償金対象か否か明確でない状況で補償金の徴収を行い、その後、当該機器が補償金徴収の対象外とされた場合は、商品の購入者に対する補償金の返還が事実上不可能であることから、現状の下では当該商品の購入者から補償金を徴収できないと考える。今後も、東芝は著作物の権利者や消費者の方々とともに解決に向けた議論に真摯に取り組んでいく。また、今後、経済産業省と文化庁が、消費者、権利者、製造業者など関係者の合意のもと、必要な措置を適切に講じることを期待する。」

3.「特定機器」の指定

 著作権法30条(私的使用のための複製)2項は、「私的使用を目的として、デジタル方式の録音又は録画の機能を有する機器であつて政令で定めるものにより、当該機器によるデジタル方式の録音又は録画の用に供される記録媒体であつて政令で定めるものに録音又は録画を行う者は、相当な額の補償金を著作権者に支払わなければならない。」と定めている。
 又、それを受けて、著作権法施行令1条(特定機器)は、その2項において録画の機能を有する特定機器を指定している。
 この政令1条2項における条文の基本構造は、「光学的方法によりアナログデジタル変換された映像を直径120ミリメートルの光ディスクに連続して固定する機能を有する機器」であり、記録媒体を主体として特定機器を指定している。
 政令1条2項に定められた技術仕様に相当する記録媒体は、現在、DVCR,D-VHS,MVDISC、DVD-RW、DVD-RAM、BDである(文化庁長官官房著作権課「著作権法施行令等の一部改正についてーブルーレイ・ディスク規格による録画機器・記録媒体の指定―」(コピライト580号15頁以下(2009年8月号)より)。
 このように特定録画機器は、前記記録媒体に「連続して固定する機能を有する機器」であり、このことからすれば、アナログチューナー搭載の有無は無関係ではないかと考える。
 平成21年9月8日、文化庁長官官房著作権課長名で、アナログチューナー非搭載DVD録画機器を私的録画補償金の対象機器にする旨の文書が、社団法人私的録画補償金管理協会(SARVH)からの照会に回答する形で出されているが(関係団体ホームページ)、それは著作権法施行令の解釈から考えて当然のことであると思われる。
 著作権法施行令は著作権法の委任を受けて、内閣が制定する成文法で、内閣がその解釈を示すのは自然なことである。

4.文化庁文化審議会著作権分科会報告(平成21年1月)

 前記の通り、東芝はデジタル放送の記録に特化したアナログチューナーを搭載していないDVDレコーダーが補償金の対象か否かについて、平成21年文化審議会著作権分科会は結論を得ていないと主張している。
 文化庁文化審議会著作権分科会報告書(平成21年1月)は、私的録音録画小委員会が平成18年3月の文化審議会著作権分科会決定を受け、補償金制度とそれに関連して著作権法30条の範囲の見直しについて検討したが、補償金制度の見直しについては、残念ながら関係者の合意を得ることは出来なかったと述べている。
 しかし、これは平成18年1月の文化審議会著作権分科会報告書における私的録音録画補償金制度の抜本的見直しの提言を受けたもので、現行制度見直しに関する検討である。
 今後の著作権政策の検討と現行法の解釈を混同すべきではなく、現行制度は制度改正が行われるまでは、現行の法律と政令に基づいて適法、適正に運用されるべきではないだろうか。

5.コピーコントロール

 東芝は、従来のアナログ放送においては著作権保護技術(ダビング10やコピーワンス)が施されておらず無制限にコピーが可能なことから、アナログチューナーが搭載された録画機器については補償金の対象にすることで関係者間の合意がなされてきたが、現在のデジタル放送においては著作権保護技術が施されてコピーが制限されているため、デジタル放送の記録に特化したアナログチューナーを搭載していないDVDレコーダーが補償金の対象か否かについては、関係者の合意が得られていないと主張している。
 しかし、「特定機器の指定」は著作権政策の問題である。即ち自由に録画できる私的録画複製に対する著作権保護の政策なのである。私的録画複製とはそもそも一定の範囲内(個人的又は家庭内での使用目的)で認められるものであり(30条1項)、録画に関しては10回までを認め、その回数以内の私的録画は自由としたものである。しかも、このダビング10は総務省の情報通信審議会の小委員会で認められたもので、補償金制度と全く関係なく議論されたと承知している。(委員会議事録にも補償金との関係を論じた議論はない。)
 又、「デジタル放送の記録に特化したアナログチューナー非搭載のDVDレコーダーが補償金の対象か否か」という問題は、政令の解釈権限を有する文化庁がすでに該当するとの結論を出しており、又、補償金制度は私的複製に対する権利保護の制度であるから、映像がアナログかデジタルかということは一切関係ないはずである。

6.機器製造者の「協力義務」

 著作権法30条2項は、政令で指定されたデジタル形式の録音録画機器を用いて私的録音録画をする者が、私的録音録画補償金を支払うことを原則とした上で、私的録音録画補償金の支払の特例を定め(104条の4)、製造業者等の協力義務を規定したことは(104条の5)、制度創設時の関係者の“知恵”から生まれた日本の著作権制度の特色である。
 日本の法制では、補償金の支払義務者は、私的録音録画を行う機器・記録媒体の購入者(消費者)であり、製造業者等が協力義務を負うが、外国では補償金制度を定める国はすべて製造業者が支払義務者である。
 補償金制度は権利者と利用者の利益調整であると言われるが、この場合、「利用者」には消費者と製造業者の両者が含まれると考えられないだろうか。製造業者も又著作物等の利用者である。私的録画複製を大量に生み出す機器を製造販売しているからこそ協力義務者である。
 したがって、製造業者が「協力義務者」の立場に安座して制度を第三者的視点で論じるのは誤りである。製造業者は「第三者」ではなく、むしろ「当事者」である。
 著作物・実演等がなければ、機器・記録媒体は商品価値をもち得ず、又、逆に機器・記録媒体が存在しなければ著作物・実演等の市場的広がりはない。
 補償金制度は製造業者と権利者の利益調整であるという基本姿勢に立脚し、現行制度の運用に関しても、今後の制度見直しに関しても両者で協力関係を築き、国民のために世界のモデルとなり得る日本の制度を深化させてほしいと考える。

(追記)

 本文は「東芝私的録画補償金訴訟」に関する一人の市民としての感想である。私的録音録画補償金に関して、“支払い義務者”の一人として長年関心をもってきたという立場で書いた雑文である。但し、一般国民以上の立場にはないので、この問題に関する情報源は、新聞、雑誌、各省庁ホームページ、関係団体ホームページなどでしかなく、もしかして基本的誤りや致命的間違いがあるかも知れない。そうであればご指摘頂きたい。
 願いはただひとつである。国民のために、世界に誇るべき日本の補償金制度が健全に発展してほしいということである。

以上

コメントを投稿する





*

※コメントは管理者による承認後に掲載されます。

トラックバック