IT企業法務研究所 創作者の地位に関する研究網

作詩家・石本美由起氏と私的録音録画問題

2009.7.29
IT企業法務研究所代表運営委員 棚野正士

(2009年7月28日開催の故・石本美由起氏お別れの会に寄せて、一つの記録としてこの文章を記す。筆者は石本先生のように優しくお人柄の良い人に出会ったことはないように思う。先生の温かい笑顔を想いながら、先生のご業績のひとつとしてこの記録を書き残す。なお、事実関係は川俣允氏の記録に基づいて確認した。)

1.はじめに

 日本を代表する作詩家・石本美由起氏が2009年5月27日、85歳で天寿を全うされた。偉大な作家は日本作詩家協会会長、日本音楽著作権協会理事長など多くの公的立場でも、日本の音楽文化のために多大の貢献をされた。
 日本音楽著作権協会(JASRAC)では、芥川也寸志理事長の後を受けて、平成元年(1989)から平成6年(1994)まで理事長を務められ、音楽著作権制度の整備・発展に尽くされた。中でも、著作権法の改正に15年の歳月を要した「私的録音録画問題」には、日本音楽著作権協会、日本芸能実演家団体協議会、日本レコード協会と共に取り組まれ、理事長在任中に著作権法第30条の改正を実現した。

2.三団体による最初の文化庁宛要望

 昭和52(1977)3月31日、日本音楽著作権協会(理事長芥川也寸志)、日本芸能実演家団体協議会(会長中村歌右衛門)、日本レコード協会(会長高宮昇)は、前年昭和51年(1976)10月に実施した「私的録音録画実態調査」結果に基づいて、文化庁長官宛「著作権法第30条の改正についての要望」を提出した。
 その主旨は、「著作権法第30条(私的使用のための複製)に追加して、“著作者・実演家・レコード製作者は、録音・録画用機器並びに録音・録画用機材(録音・録画用テープ及びこれに相当する物)の製作者から、同機器・機材の販売価格に一定率を乗じて得た金額を補償金として受け取る権利を有する”旨を規定されたい。」というものであった。
 以来、15年の運動を経て平成4年(1992)改正法は成立した。

3.私的録音録画に関する法改正の成立

 私的録音録画に関する報酬請求権を導入するための「著作権法の一部を改正する法律案」は平成4年(1992)11月26日に衆議院文教委員会、12月1日衆議院本会議、12月7日には参議院文教委員会、12月10日参議院本会議で審議され、いずれも全会一致で承認され、12月16日、法律106号として公布された。
11月26日の衆議院文教委員会には、鳩山邦夫文部大臣、政府委員として吉田茂文部大臣官房長、佐藤禎一文化庁次長が出席した他、斉藤博筑波大学教授・著作権審議会委員、石本美由起日本音楽著作権協会理事長が参考人として出席した。この時、石本理事長は参考人として、次の通り意見を陳述している。

4.第125回国会衆議院文教委員会(平成4年(1992)11月26日)における参考人としての石本美由起日本音楽著作権協会理事長の意見
(同文教委員会会議録から)

○石本参考人
ただいま御紹介をいただきました日本音楽著作権協会の理事長をいたしております石本でございます。先生方には常日ごろ私ども著作権者や著作隣接権者の権利保護に御理解と御尽力を賜っておりますことを心よりお礼を申し上げたいと思います。
さて、本日の委員会は、私ども権利者団体が長年の悲願としております私的録音・録画問題についての著作権法の一部改正の御審議をいただく場と承っておりますが、この場に参考人として招かれましたことは大変光栄でございます。また同時に、このことは数多くの関係者の方々の御協力のたまものと深く感謝をする次第でございます。
 振り返りますと、昭和51年に、日本音楽著作権協会、日本芸能実演家団体協議会及び日本レコード協会の3団体で、個人録音・録画の実態調査を行いました。その調査結果をもとに、翌52年、既に早くから制度化をしておりました西ドイツと同じような録音・録画の機器・機材に対して報酬を課す制度の導入を文化庁長官に要望いたしましたが、それから既に15年を経過してまいりました。
 文化庁では、その要望以来、この問題を大きな制度上の課題として、まず最初に著作権審議会第五小委員会で、次いで著作権問題に関する懇談会、そして再び著作権審議会第十小委員会で審議を繰り返しましたが、昨年末、制度化の必要性をうたった第十小委員会の報告が出されました。これを受けて、ことし初めから権利者、メーカー、消費者、学識者の各代表を含む私的録音・録画問題協議会において、その具体化のために懸案事項について協議を積み重ね、おおむね合意を得ました結果として今日この法案の提出の運びになったわけでございます。
 この間、録音・録画の機器・機材に関する技術は日々に進歩を重ね、アナログ方式の機器や機材はほとんど一般の家庭に普及し尽くすところまできておりまして、これからの録音・録画の機器・機材はディジタル方式が中心になる時代となってまいりました。
 ディジタル方式と申しますのは、CD、コンパクトディスクで御存じのとおりでありまして、現在はDAT、DCC、MD等という製品が既に発売されております。こうなりますと、従来工場で製造をいたしましたものと全く同じ製品が家庭においても無料で手軽につくることができるようになり、私たち音楽・芸能文化の創造に携わっている権利者にとってはまさに重大な危機を迎えることになります。
 私ども権利者団体におきましても、最初はアナログ、ディジタルを問わず、すべての録音・録画機器・機材を対象とする補償金制度の導入を希望したわけでございますが、この新しい制度の円滑な導入のためには、一般国民の理解を必要とすることを考えました場合、既に普及し尽くしたアナログ方式のものを除く方が賢明であり、またいずれ近い将来ほとんどディジタルの時代になるであろうことが推測されますので、ディジタル方式の録音・録画機器・機材に限って対象としていくということについて関係権利者団体間で協議をし、決定をいたしたものでございます。
 国際的な視野から見ますと、私ども権利者団体がかねてから目標としておりました西ドイツ、次いでオーストリア、フランス、オランダ等のほか米国でもこの10月に補償金制度を導入いたしまして、現在では世界17ヵ国の国々が同じような制度を導入済みでございます。
 我が国の制度導入がこのように立ちおくれ、また今日の国際的状況の中での我が国の立場を考えました場合、本日のこの委員会の御審議は極めて重要な意義を持つものでありまして、ぜひとも先生方の御理解のもとに速やかな御審議と御決断をいただきたいと強く希望するものでございます。
 また、今回の法案は世界各国の著作権をも同等に保護する内国民待遇の制度であり、この法案を可決していただきますならば、制度導入済みの諸外国の著作権管理団体に対しましても初めて顔向けができるようになるという次第でございます。
 次に、実際に制度を実施することになりますと、受け皿となる権利者団体についての検討が必要となってまいりますので、それもいろいろと研究をしております。当面、私ども権利者団体間では、著作権者の団体、実演家の団体、レコード製作者の団体を網羅いたしまして単一の団体をつくり、そこにメーカーの団体から御協力をいただいて補償金を支払っていただく考えでおりますが、この場合、私的録音の分野では、著作権者については日本音楽著作権協会、また実演家については芸団協が、またレコード製作者につきましてはレコード協会がそれぞれ権利者を代表して個々の分配について責任を負うというシステムを準備中でございます。
 徴収する補償金について申し上げますと、冒頭に述べました私的録音・録画問題協議会におきまして、メーカーの団体、消費者の団体と私ども権利者団体、さらに学識経験者の方々が加わり、そこで補償金額の合意が調っております。機器については、初年度、次年度は蔵出し価格の1%、3年目が2%、機材につきましては、初年度、次年度が蔵出し価格の1%また3年目が3%という料率であります。この料率に従いまして、メーカーの御協力のもとに補償金を受け取ることを予定しているわけでございますが、本当の意味の支払い者は、私的録音の行為者である一般国民、一般の方々になるわけでございますので、徴収の実施段階に際しましては、それなりの啓蒙運動も予定しながら、来るべき制度の実施に備えているという状況でございます。
 なお、国際的に見ました場合、補償金額につきましては、国によって方式が違い、また額の違いなどもございますが、我が国が現在合意をしております料率は、十分とは言えないまでも、それほどの遜色はないものと判断をしております。
 権利者団体間では、著作権者36%、実演家32%、レコード製作者32%の割合で分配するということを決めており、またその分配金をそれぞれの団体が個々の著作権者、実演家、レコード製作者に分配をいたします。
 日本音楽著作権協会の場合で申しますと、このように一括で徴収しました使用料の分配に際しましては、統計学者の意見を取り入れまして、極めて細かいサンプル調査を実施し、ほぼ90%を超える精度をもって分配を行っているところでございまして、お預かりしております数百万の楽曲の著作権者からは厚い信頼をいただいているところでございます。
 今回の補償金の分配につきましても、随時実態調査を行いながら、適正な分配ができるよう実演家、レコード製作者とともに早くから検討をいたしているわけでございます。
 私的録音を行わない例外的な機器また機材の購入者に対しての補償金の返還につきましては、事業上の専用機器・機材、個人事業者の購入機器・機材、一般個人の場合の購入機器・機材と録音状態などをつぶさに考慮し、そうして検討を加えながら、返還に際しての明確な基準づくりを外部の御専門の方々のお知恵も拝借しながら行っております。いずれにいたしましても、はっきりとしたものにつきましては、きちっと補償金をお返しする方針で現在その基準を準備中でございます。
 今回の制度の中には、著作権及び著作隣接権の保護に関する事業並びに著作物の創作の振興及び普及に資する事業のための支出についての定めがございます。私ども権利者団体の間では、この支出金を俗に共通目的基金と呼んでおりますが、これは、言いかえますと、関係権利者と社会を結ぶ共通の目的のために設けられるものでございます。
 御承知のように、この法案が予定する制度は、実際に録音に使用した場合に対して設けられるものではなく、私的録音の可能性に対して補償金を求める制度でありまして、部分的には抽象的な性格を含んでおります。したがって、補償金の一部を権利者共通の事業に支出することを定めるとともに、これによって制度の円滑な導入を意図するものでございます。諸外国におきましても、この支出金に関する数多くの立法例が認められているところでありまして、私どものこの支出については、積極的に取り組んでいく考えでございます。
 今後、実際に制度の円滑な実施をするためには、その啓蒙運動が権利者の義務として求められるところであり、制度実施後当分の間は著作権制度の普及のために優先してこの支出金を充てる予定でございます。
 従来、著作物の使用料は権利者と利用者との直接の関係において処理されてまいりました。しかし、最近の複製技術の進歩は著しいものがあり、いわゆる業者の利用から家庭内における個人の利用へと変化してまいりました。このような状態になりますと、個々の著作物の利用の実態を把握することは極めて困難になり、使用料の徴収も不可能になります。そうなれば、そのあり方がその国の文化のバロメーターであると言われております著作権制度が事実上崩壊することにもなりかねません。今や著作権制度を守るためには、著作権者と利用者との関係だけでなく、広く一般の御理解と第三者の御協力とが必要になっております。
 この点、今回の法案は、支払いの義務者は実際の利用者である一般消費者と規定した上で、直接著作物を利用するわけではなく、その道具を生産するだけのメーカーに協力義務を課したという点で画期的な制度であると存じます。この制度実施に御理解をいただいた録音・録画の機器・機材のメーカーの方々、そして関係者の方々の御努力に対しまして、心から敬意と感謝の意を表する次第でございます。
 以上、長々と意見を述べさせていただきましたが、既に申し上げましたとおり、今回文化庁でおまとめをいただきました法案は、関係者一同の全般的な了解のもとに提案されるものであり、また国際的にもその成り行きが注目をされているところでございます。
 今国会がいろいろな問題の山積している国会であることは重々承知しておりますが、御多忙な御審議日程の中で、この法案に審議の時間を割いていただきましたことをまことに恐縮に存じますが、先ほど申し上げましたとおり、ディジタルの録音機器・機材は既に発売をされております。何とぞこの事態に対応できるよう、私どもの長年の悲願でありましたこの法案の成立のために、先生方の御理解と御尽力を賜りたく、切に切にお願いを申し上げる次第でございます。
 以上で私の意見陳述を終わらせていただきます。ありがとうございました。

以上

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