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「デジタルコンテンツの振興戦略(案)」の追い風と向かい風

去る2月2日、知的財産戦略本部コンテンツ専門調査会デジタルコンテンツ・ワーキンググループは「デジタルコンテンツの振興戦略(案)」を公表した。この振興戦略(案)は芸能文化・産業にとって全体としてはゆるやかな追い風であるが、実演家の権利から見ると二か所で強い向かい風である。

1.ゆるやかな追い風:
「振興戦略(案)」は基本目標を「日本を世界トップクラスのデジタルコンテンツ大国にする」として、3つの目標と6つの視点を掲げている。
目標1:ユーザー大国を実現する。 
目標2:クリエーター大国を実現する。
目標3:ビジネス大国を実現する。
 
 視点1:ユーザーが主役である。
 視点2:クリエーターを大切にする。
 視点3:デジタルに国境はない。
 視点4:各国と比較して一番よい仕組みを作る。
 視点5:ビジネスモデルは進化する。
 視点6:技術は日進月歩する。

これらの目標及び視点は、知的財産推進計画策定の上で国の姿勢を示すものであり、芸能文化・産業にとってゆるやかな追い風になると考える。

2.強い向かい風:
「デジタルコンテンツの振興戦略(案)」は全体としては、ゆるやかな追い風であるが、著作権法上の実演家の権利の立場から見ると、次の二箇所で強い向かい風となっている。権利者に対してというより、法制度の根幹に対して向かい風であり、条約上の課題も含め多くの法的問題があると思われる。

(1)「放送と通信の一体化」の問題
(2)私的録音録画補償金問題(注:本稿では(1)に焦点を置く。)

3.「放送と通信の一体化」の問題
  「デジタルコンテンツの振興戦略(案)」の“目標1 ユーザー大国の実現”の中の“提言1 放送と通信の一体化の中で、デジタルコンテンツの供給を拡大する。”、“解決策(1)IPマルチキャスト放送の積極的活用”で、「IPマルチキャスト放送の著作権法上の取扱いを早期に明確化し、法改正を含め必要な措置を速やかに講ずる。その際、クリエーターに十分な報酬が支払われるよう配慮する。」と述べている。
この表現の背景には、送信可能化を有線放送の扱いにする、あるいは許諾権を報酬請求権にする所管省の意図があると推察される。

4.有線放送と送信可能化、その権利関係
(1)放送される実演を有線放送する場合(放送の有線放送による同時再送信)、条文上(第92条2項1)実演家は権利が制限されているが、立法趣旨は放送事業者の権利を通して実演家の権利が確保されるとされており、実体的には権利が働くと解釈される。(注:2006年2月14日自民党政務調査会経済産業部会知的財産政策小委員会著作権に関するワーキングチーム第20回配布資料・文化庁著作権課「文化審議会著作権分科会報告書の概要」では、「放送される実演の有線放送(同時再送信)は権利制限あり(=実演家は無権利)」と記されているが、この記述は立法趣旨及びこれまでの権利者団体と有線放送事業者の契約を無視し、又後に記す平成17年8月30日付け知財高裁判決を認識しないものであり、誤りである。)
このことは、CATVによる放送の同時再送信に関する5団体契約の効力を争った知財高裁判決(平成17年8月30日)でも認められている(梅田康宏「判例紹介/CATVによる放送の同時再送信に関する『5団体契約』の有効性および適用範囲が問題となった2つの事件」。著作権情報センター「コピライト」No.539,3/2006。藤原浩「5団体契約訴訟(成田ケーブルテレビ訴訟)の控訴審判決について」。芸団協ニュースVol.340別冊参照)。
なお、有線放送による放送の同時再送信に関する立法趣旨、CATVに関する5団体契約等についての文献は別記の通りである。(実演家の有線放送権に関するメモ<文献一覧>参照)
 
(2)したがって、「送信可能化」を「有線放送」扱いにすれば、同時再送信については実演家の権利が制限され、放送と通信の一体化が促進されると判断することは誤りである。送信可能化を有線放送扱いにするのであれば、第92条2項1号・2号の適用除外は廃止し、第92条1項の本則のみにすべきである。そのために、権利者団体は5団体契約等を締結・維持し、実演家団体はそのための法律改正を要望してきた。
(3)なお、商業用レコードを用いた自動公衆送信は、実演家の送信可能化権   
  が働き実演家の許諾が必要であるが、商業レコードを用いた放送・有線放 
  送は実演家には報酬請求権のみで許諾権はない(第95条。但し、商業用レコードを用いた放送又は有線放送を受信して放送又は有線放送を行った場合は報酬請求権もない)。このため、“有線放送を業として行う者”である有線放送事業者が無数に出てきた場合、許諾権なくして対応できるかという問題がある。“業として行う”とは「営利、非営利を問わず一定の社会的地位に基づき反復継続して有線放送を行う」(加戸守行「著作権法逐条講義」四訂新版37ページ)ことであり、送信可能化が有線放送の扱いになった場合、誰でも“有線放送事業者”になり得る状況が生まれ、この場合、許諾権なくして報酬請求権だけで対応できるだろうか。なお、“放送事業者”も“放送を業として行う者”であり、アマチュア無線のようなものであっても、業として反復継続して送信を行うのであれば、著作権法上は放送事業者に該当する(前記「著作権法逐条講義四訂新版35ページ」)ものであり、有線放送であれ、放送であれ、著作権法上の垣根は低く、誰もがなり得る立場である。

(4)したがって、前記(1)(2)(3)を考慮すれば、許諾権である実演家の送信可能化権は維持されるべきである。

以 上

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