日本音楽家ユニオン(音楽ユニオン)結成30周年記念シンポジウム

棚野正士備忘録

IT企業法務研究所代表研究員 公益社団法人日本芸能実演家団体協議会(芸団協)常務理事 棚野正士

 2013年10月25日、STBスイートベイジルで表記のシンポジウムが開かれた。わたくしは芸団協の立場でパネリストとして出席した。パネリストは他に三枝成彰氏(作曲家、音楽ユニオン特別顧問)、椎名和夫氏(一般社団法人演奏家権利処理合同機構MPN理事長)、須賀千鶴氏(経済産業省メディア・コンテンツ課課長補佐<総括担当>)、菅原瑞夫氏(一般社団法人日本音楽著作権協会理事長)。コーディネーターは篠原猛音楽ユニオン代表運営委員。

 音楽ユニオンは今回の開催趣旨について次の通り述べている。(シンポジウムちらしから)

 「日本音楽家ユニオン(音楽ユニオン)は2013年10月30日に結成30周年を迎えます。これを記念して2013年5月に開催した記念シンポジウムではFIM(国際音楽家連盟)ジョン・F・スミス議長、ベノワ・マシュエル事務局長らを招き、イギリスのアウトリーチを参考に、日本でのとりくみも紹介しつつ、現場でおきている課題について討論をしました。 近年の音楽産業の変化は目まぐるしく、音楽産業、伝送、メディア等々がグローバルな変化を続けている時代に、実演家としてどのように対応するかは、大変大きな問題です。 今回のシンポジウム2は、音楽界、音楽産業の未来に向けて、パネリストがそれぞれの分野から「今」の音楽界を分析し、その上で音楽界がどのように取り組んで行くべきかを討論するものです。

 「身分から契約へ」「芸術家の地位法」(仮称)の提言(わたくしは冒頭次の発言をした。)

(1.序)

 日本音楽家ユニオンのご結成30周年を心からお喜び申し上げます。

 わたくしは、1970年の著作権法の成立がきっかけで芸団協に関わるようになりまして、音楽ユニオンの前身、日本演奏家協会、日本音楽家労働組合の時代から、音楽家の方々、またスタッフの方々には大変お世話になりました。  わたくしはひとりの事務屋で、音楽家、俳優など実演家の黒衣として実演家の組織で仕事をしてきましたが、常に心の支えになったのは、音楽家の方々、実演家の方々の実演芸術に賭ける情熱でした。

 2002年に芸団協を退職して以来、IT企業法務研究所(LAIT)で、いわば外野席からCPRAの応援をしております。ただし、一昨年2011年からはLAITの業務もしながら、芸団協事務局に設置された著作隣接総合研究所にも関わっております。

(2.阿部先生の言葉)

 昨年2012年4月、著作権法学会の「学会創立50周年記念研究大会」が開催されました。  冒頭、岡山大学名誉教授で元著作権審議会会長、現在著作権情報センター著作権研究所所長の、いわば著作権界の人間国宝というべき阿部浩二先生が記念講演をされました。  阿部先生は、1962年に発足した著作権法学会を回顧して、発足に関わった大学者たちのことに触れて、「50年の歴史は人間が飾っている」と述べて伝説的な学者の思い出を語られました。この中で、カリフォルニア大学ミューラー教授が述べたと言う「権利は自らがかち取れ」という言葉は大変印象に残っています。

 また、阿部先生は近々発行される勁草書房のCPRA設立20周年記念『実演家概論』の中で、“CPRA設立20周年に寄せて”を書かれてこう述べています。  「19世紀のドイツの歴史法学者イエリンクは、その著『権利をめぐる闘争』で、法の目的は平和だが、それを得る手段は闘争であると云っている。権利は座して取得できるものではなく、取得した権利であっても、そこに眠る者は保護されないのが法の世界であるというのである。」

(3.日本音楽家ユニオンの闘争)

 阿部先生の言葉を借りれば、音楽ユニオン30年の歴史は人間が飾っているということを実感いたします。また、イエリンクが言ったように、音楽ユニオンの歴史は、平和を得るための闘争の歴史であったと思います。それは権利のための闘争である場合もあるし、国の文化政策に関する闘争であったでしょうし、また音楽家の労働問題に関する闘争であったと思います。

 音楽家の国際的な権利もまた闘争によって確立されました。

(4.ローマ条約とFIM)

 実演家の権利を定めた最初の国際条約は1961年のローマ条約です。国内では隣接権条約、実演家等保護条約とも呼ばれています。正式名称は、「実演家、レコード製作者及び放送機関の保護に関する国際条約」です。  1970年に成立した日本の著作隣接権制度は、このローマ条約をパイロットとしてつくられました。  WIPO(世界知的所有権機関)のローマ条約についての解説書を見ますと、条約作成のきっかけは「国際文芸美術家協会(ALAI)が、1903年にワイマールで開催した総会で、ソロの実演家の苦境に同情を示したことである。事実、これらの権利の保護の必要性は、精神的創作物を伝達する新技術的手段、すなわち蓄音機レコード、映画及び放送の発達と結びついていた。」と書いてあります。ALAIのワイマール総会から数えて60年かかって実演家等の保護のためのローマ条約できました。  ジュネーヴのWIPO図書館で当時の資料を見ますと、国際音楽家連合(FIM)の活躍が読み取れます。50年前のわら半紙にタイプしたボロボロの資料ですが、FIM会長であったジョン・モートンさんたちの活躍が書いてあります。モートンさんはローマ条約に関する政府間委員会に幅広く関与し、ローマ条約モデル法の起草や条約の採択に大きな影響を与えました。 その後、1996年のWIPO実演・レコード条約の成立や2012年の「視聴覚的実演に関するWIPO北京条約」にもFIA(国際俳優連盟)と共に主導的な役割を果たしました。

モートン会長、ロイティンガー事務局長の画像

 芸団協はジョン・モートンさんを「平成13年度芸能功労者表彰」で表彰しています。2011年10月、ブタベストで「ローマ条約50周年及びWPPT15周年記念実演家及びレコード製作者の権利に関する国際会議」が開催されましたが、モートンさんはFIM名誉会長とし出席し名スピーチをしたそうです。(CPRA事務局小島京古「CPRAnews 62号」)この会議には音楽ユニオン代表運営委員篠原猛さんも出席されています。(写真は1995年東京で開催されたFIM第15回大会のスナップ。右モートン会長、左ロイティンガー事務局長)  なお、FIMは1948年に設立され、現在60カ国、70組織(ユニオン、ギルド)がメンバーです。日本は日本音楽家ユニオンが加盟しています。音楽ユニオン代表運営委員篠原さんがFIMの執行役員として活躍されています。

(5.音楽ユニオンの国際貢献)

 音楽ユニオンは日本の音楽家のために、また、音楽文化のために多くの貢献をしていますが、そのひとつは、国際的貢献です。ジョン・モートン会長の率いるFIMの懐に飛び込んで国際組織の窓をこじ開け、以来実演家の権利保護のための条約に貢献しています。  1961年作成のローマ条約には、28年かかって日本は1989年加入しましたが、加入促進のため、芸団協はWIPOの広報著作権局長クロード・マズイエさんを何回か招いて運動を展開しましたが、国際的な運動は音楽ユニオンを頼りにしました。

(6.「音楽文化振興」と「生芸能振興」)

 音楽ユニオンの事業の柱を見ると、「音楽文化の振興」「生音楽振興」が挙げられています。  「生音楽の振興」は音楽家にとって究極の目的だと思います。音楽ユニオンは3月19日を「ミュージックの日」として、音楽家の春闘と生音楽の振興を広くアピールするため、全国各地でコンサートを展開しています。

(7.知的財産推進計画)

 政府の知的財産戦略本部の「知的財産政策ビジョン 知的財産推進計画2013」を見ますと、「コンテンツを中心としたソフトパワーの強化」がうたわれて、その海外展開が重視されています。ここで言うソフトパワーは、マンガ、アニメ、ゲームといったコンテンツに止まらず、ファッション、食、伝統芸能・工芸、観光などにも広がっていますが、音楽家の立場から言えば、当然「生コンテンツ」「生演奏」も入るべきでしょう。  そういう意味で言えば、生コンテンツ、生演奏の海外展開も今後の課題になると思います。  今年6月、クールジャパン推進機構に関するクールジャパン法が成立しました。この機会に「生コンテンツ」の海外展開も音楽ユニオンの課題になるかも知れません。

(8.音楽ユニオンへの期待)

 今日お招き頂いた機会に、音楽ユニオンへの二つの期待を申し上げたいと思います。

  芸団協顧問弁護士であった橋元四郎平先生は著作権情報センター「コピライト」1996年5月号の「著作権人語 当世風“身分から契約へ”」で実演家の契約問題を取り上げています。  橋元先生は契約について、「現実は、実演家が自由な契約によって権利を確保することはきわめて困難な状況にある。」と述べ、「個人の社会生活関係が社会的身分によって定まることなく、早く「契約」の段階に進んでほしいものである。」と書いています。  音楽ユニオンは音楽家の活動のいろいろな場面で契約の問題に取り組んでいますが、音楽ユニオンがリードして実演家全体が早く「契約」の段階に進むよう期待します。

(9.芸術家の地位に関する法律)

 実演家だけでなく芸術家にとって大切な国際文書に、ユネスコ総会が1980に採択した「芸術家の地位に関する勧告」があります。  この勧告を拠りどころにして、「芸術家の地位に関する法律」(仮称:芸術家地位法を、「文化芸術振興基本法」の特別法として立法することはできないでしょうか。  ユネスコ勧告には、芸術家の適性と訓練、社会的地位、芸術家の雇用、労働及び生活の条件、文化政策及び参加などについて記述がされています。  著作権法制についてもこう述べています。 「著作権法制(追求権が著作権の一部になっていない場合はこれも含める。)及び隣接権法制の下で芸術家に与えられるべき諸権利が損なわれることなく、芸術家は公正な条件を享受すべきであり、かつ、芸術家の仕事にはそれにふさわしい公的配慮が与えられるべきである。芸術家の労働条件及び雇用条件は芸術家が希望すれば芸術的活動に専念できる機会を与えるようなものであるべきである。

以上

(追記)  かつて、音楽ユニオンの名事務局長であった故佐藤一晴さんがこう話していた。「未来の歴史は背中で開ける」と。  音楽ユニオン結成30年の歴史を踏まえて未来の歴史を編んで頂きたい。  音楽は希望であり光である。音楽家は神である。実演家は神である。その立場は大切にされなければならない。10月25日、シンポジウムのあと祝賀会が行われ、雪村いづみ、前田憲男とウインド・ブレーカーズによる祝賀演奏が行われた。名演奏を聴きながら、そのことを思った。

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