89歳の名女優紀奈瀬衣緒と80歳の脚本家・演出家藤田傳による永六輔原作「大往生」

棚野正士備忘録

IT企業法務研究所代表研究員 棚野正士

 平成25年4月1日三鷹武蔵野芸能劇場で、きなせ企画第33回公演「大往生」(永六輔原作、藤田傳脚本・演出)を観た。出演者は89歳の名女優・紀奈瀬衣緒を中心に総数22名。20代から80代までの熟練の俳優たちが集まり、高齢者ホームの一日を軽妙かつ劇的な芝居に創り上げた。  物語はホームで5万円拾い、どう使うかをみんなで相談した結果、競馬の馬券を買うことになり、競馬中継を聞きながら手に汗を握り、すれすれのところで負けてしまい、全員ショック死して、その日遊びで生前葬を行った葬儀社の世話になるという皮肉で恐ろしいユーモア溢れるおはなしである。  藤田傳は公演プログラム「怖い電話」でこう述べている。  「いつの頃からか、この日本国ではお年寄りが無邪気に老いることが出来なくなった。患っていても三ケ月で病院から放り出される。高額な保険料を払えなければ医者で診てもらえない。  路傍死か、孤独死か、又は姥捨山のような人里離れた名ばかりの養老院を選ぶか。  人間の尊厳が無くなったこの国では『大往生』も至難。  初演から十五年が経つ。私も八十歳、紀奈瀬さん、八十九歳。昨年の公演を互いの最後にしようと、「終の檻」を書いて大往生を待ったが、その気配が無い。  そこへ紀奈瀬さんよりーー“何もないのも退屈ね”ーーの電話。そこで永さんにお願いして本当に最後の『大往生』となった。  然し初日が近くなっても誰も倒れない。もしかしたら無事終わるかも知れない。そこで一番怖いのはーー”ねぇ、もう一本やらない“ーー紀奈瀬さんからの電話である。急がねば。」  この芝居は“めちゃめちゃ”おもしろい。そして、高齢の役者たちの芝居がすごい。八十代の役者たちから二十代の役者たちまで、その一糸乱れぬ演技が織りなす紋様が見事である。演技の縦糸、横糸が見事なアンサンブルを形成し観る者の魂の奥を揺さぶる。こんなおもしろい舞台は初めてみた。  4月2日は銀座の歌舞伎座の杮落とし公演が幕を開けた。4月2日付け朝日新聞天声人語は、「新しい舞台に立つ老錬円熟の芸と、若い瑞々しさで、歌舞伎座も崩るるばかりに酔わせてほしい。」と述べている。  一方で銀座と正反対の位置にある三鷹の小劇場では、八十代の老練円塾の役者たちが“めちゃめちゃ”おもしろい芸を見せている。規模も芝居の性格も異なるが、生きている役者が自分の命を削りながら自分の芸を刻んでいるところに日本の芸能の幅広さを感じる。  きなせ企画の第34回公演を期待する。

(追記) 見事な舞台を創り上げた出演者全員の名前を記す(プログラムのキャスト順)。 和田太美夫、守川くみ子、紀奈瀬衣緒、湯沢勉、村上寿、鶴谷嵐、坂口候一、剣持直明、巴菁子、蝦蟇屋和世、石毛佳世子、溝口順子、大平原也、獅子倉勝彦、渡荘太、石目有司、丸山明恵、小峰太一、徳永悦子、高梨智之、市野雅道、藤田周。(制作:大矢純子、猿橋聖美、きなせ いお)

以上

コメントを投稿する




*

※コメントは管理者による承認後に掲載されます。

トラックバック