実演家著作隣接権センター(CPRA) 設置とその背景

棚野正士備忘録

(コピライト1997.7掲載) 棚野 正士

著作権審議会権利の集中管理小委員会専門部会中間まとめが本年7月初めに発表される。この中で、実演家の権利の集中管理も論じられよう。実演家団体はこうした時期に「実演家著作隣接権センター」(CPRA)の再構築を行い枠組みを決め、本年6月から第2期センターが実質的にスタートした。 CPRAの概要を報告し実演家の権利の管理に関する論議に役立てたい。

(平成11年6月)

1.参議院文教・科学委員会の質疑

 本年5月27日、参議院文教・科学委員会で著作権法の一部を改正する法律案について参考人の意見陳述と質疑が行われ、参考人として斉藤博専修大学法学部教授、(社)日本音楽著作権協会遠藤実会長、(社)全国環境衛生同業組合中央会森茂雄理事長、それに芸団協から筆者が出席した。その質疑の中で次のような応答があった。

扇千景議員 「私も25年間女優をしまして、映画にも出ました、舞台にも出ました、テレビにも出ました。先日もこの委員会の理事会で、ゆうべ夜中の映画であなたを見たよと言われましたけれども、私には上映通知もありませんし、一銭も入りません。入っていれば皆さんにおコーヒーぐらいおごれたんですけれども。そのようなことで、いわゆる実演家というものに対しての権利の保護というものがまだ抜けているわけです。けれども、それに対して隣接権センターを設置して芸団協は研究なさっておりますけれども、現在どのような回数で、どのような結果が出ているのかがわかれば簡単にお聞きしたい。」

芸団協 「実演家著作隣接権センターを、関係団体の協力を得まして昨年再構築しました。関係団体といいますのは、現在の芸団協の正会員団体、59団体6万4000人以外の関係団体、具体的な名前を申し上げますと、日本音楽事業者協会あるいは音楽制作連盟、事業者あるいは制作者といった実演家のパートナーたちの協力も得て隣接権センターを再構築したということを申し上げたいと思います。  そういう意味では、従来は社団法人芸団協内の隣接権センターでありましたけれども、今後はいわば、法人芸団協の中にありますけれども、日本の隣接権センター、しかも内容的には世界最強のものにしたい。隣接権処理、実演家の権利処理もヨーロッパにおいてもまだまだ発展途上でございまして、隣接権処理のシステムを日本としてはむしろ発信したい、輸出したいというぐらいの意気込みであります。芸団協における隣接権センターはそういった方向を目指すということで委員がみんな努力しています。」(第145回国会参議院文教・科学委員会会議録第13号15ページ)  なお、同委員会は6月1日、著作権法一部改正法案の可決に際して付帯決議を各派共同提案、全会一致で採択している。  付帯決議は、「政府は次の事項について配慮すべきである」として、三つの事項を挙げ、その第三項目に、「実演家の人格権及び視聴覚的実演に関する権利について検討を進め、『WIPO実演・レコード条約』の早期批准を目指すとともに、視聴覚的実演に係わる新たな国際的合意の形成に積極的役割を果すこと」と述べている。

2.CPRAの設置と拡充

(1)芸団協と著作権法  芸団協(社団法人日本芸能実演家団体協議会)は、昭和37年に始まった旧著作権法の全面的改正作業に並行して準備され、昭和40年に設立された。  設立趣意書は、「今日芸能界は、“著作権法の全面的改正”という、全芸能実演家にとってまさに人格権と生活権の根底を左右する大問題をかかえ、かつてないさしせまった状況を迎えているのでありますが、遺憾ながら芸能界は全体としてこれに対する有効な方策を講じ得るような態勢にあるとは言い難いのであります。  私共芸能実演家はこの際はっきりと、将来に向かって眼を開き、この法改正の帰趨を重大なる関心を持って見守ると共に、正に悔いを百年の後に残さないために今後とも強力に働きかけていかなければなりません」と述べている。  著作権法の大改正を契機に生まれた芸団協は、「芸能実演家団体相互の交流と研修の実施によってその芸能活動を推進するとともに、あわせて芸能実演家の活動条件の改善を行うことによってその地位の向上を図り、もってわが国文化の発展に寄与する」(定款第3条)ことを目的とし、事業としては、著作権法上の実演家の権利の管理を中心として、芸能実演家に関する内外諸問題の総合的調査と研究、内外芸能団体との交流および提携、新人の育成および技術向上のための研修会、公演および講演会の開催、顕彰と助成、福祉事業等を行っている。  著作権法に関係する業務は昭和46年に商業用レコード二次使用料、昭和60年に貸レコード業務について文化庁の指定団体になっており、私的録音録画補償金業務については指定団体に準じる義業務を行っている(私的録音は平成5年、私的録画は平成11年から)。  芸団協は、平成11年6月現在専門家芸能実演家の団体59団体が正会員となっている。

(2)CPRAの設置  前述のように、芸団協は多目的事業を行う法人である。執行機関は理事会一つであるが、実際には事業別に委員会を設け、理事会はそれぞれの委員会に執行の一部(事業によっては、全部)を委任してきた。  多角的事業を総合的に行うことで芸団協は実演家の利益を計ってきたが、理事会としては、各委員会に執行の一部を委任できるとはいえ、それぞれの事業が拡大してくると、理事会だけで事業を行っていくのは困難となってくる。特に、専門領域までそのすべてをコントロールすることは極めて困難であることから、場合によっては理事会という執行機関が形骸化してしまい、組織上の執行責任が不明確なまま事業が遂行されるおそれがある。  このようなことは、他人の権利の委託を受けて行う業務としては許されないというべきである。委託者の権利を適正に管理するための執行態勢を明確にし、事務的基盤を整えることが必要である。この場合、権利に関する業務の基本的視点は「団体」ではなく「委託者たる権利者」に置かれる。  権利者の財産権を扱う業務といった場合、その“業務”とは何か。それは使用料・報酬の“徴収と分配”である。そこにはロマンチシズムが入り込む余地はなく、徹底したリアリズムに裏打ちされた業務である。実演家の権利拡大はロマンに満ちた運動でもあるが、権利が拡大され、そこからの果実を徴収し分配する場合、ビジネスとしての実務的処理が必要であり、あいまいな処理は排さなければならない。権利者である他者の財産権を扱っているという身の引き締まる姿勢に立脚しなければならない。たかだかお金の徴収と分配ではないかという考え方があるかもしれない。しかし、そのことが重要である。なぜなら、そのお金は一人一人の実演家の全人格が投影された実演が生み出す経済的人格的価値であるからである。  著作権法に関する業務は、現行法施行当時と今日では急速に変化している。実演家の権利の場合、法施行当時は著作隣接権処理、商業用レコード二次使用料が主な業務であったが、今日では貸レコード、私的録音録画補償金等と業務が拡大している。また、使用料・報酬も徐々に増大し、実演が利用された場合の権利者データも入手可能となり整備されてきている。権利者の範囲も国内だけでなく国際的にも拡がっている。  今日、デジタル化、ネットワーク化、ボーダレス化をキーワードとして時代の変化が語られるが、実演家も例外ではなく、実演家をとりまく社会的、文化的、技術的環境は急激に変化しており、実演家の周辺の風景は昭和46年当時とは一変している。こうした時代の変化は当然に組織の変化を求める。芸団協の場合、多目的事業を形式的には一つの機関で執行してきたが、時代の風向きに合わせてそれをどう整備するかが課題である。  その整備の一つが、平成5年10月1日に設置した「実演家著作隣接権センター」(CPRA=Center for Performers’ Rights Administration)であった。CPRAは多目的事業から専門領域を分化して、専門の執行機関をつくり、理事会はそこに業務を委ねるという基本的な考え方に立っている。  CPRA規約では、第1条(目的及び名称)で、「芸団協は、関係諸団体の協力を得て、実演家の著作隣接権を擁護し、その権利を行使するとともに実演家の著作隣接権についての調査研究、著作権思想の普及に努めるため、実演家著作隣接権センターを設置する。」と定め、第2条(事業)で次の事業を行うと規定している。

  1. 実演家の著作隣接権に関する調査研究
  2. 著作権思想の普及に関する活動
  3. 著作権・著作隣接権団体との交流、提携
  4. 実演家の著作隣接権の処理に関する業務
  5. 実演家に係る商業用レコードに関する業務
  6. 実演家に係る商業用レコードの貸与に関する業務
  7. 実演家に係る私的録音録画の補償金に関する業務
  8. 実演家に係る共通目的基金に関する業務
  9. 隣接権センターの広報
  10. 前各号に掲げるもののほか、隣接権センターの業務に必要又は有益な事業

(平成10年12月21日一部改正)

 CPRAの運営は、役員規則に基づいて理事会は、「著作権法に規定する実演家の権利に係るものについて」運営委員会に委ねている。 また、運営委員会は芸団協及び関係諸団体(日本音楽事業者協会、音楽制作者連盟)推薦の委員により構成されている。

3.CPRA拡充の背景と視点

 CPRAは平成5年10月1日に発足し、平成10年12月21日に組織の見直しが行われた。見直しのために、実演家著作隣接権センター拡充のための検討プロジェクトチームが編成され、平成10年8月から同年12月まで集中的な検討が行われた。委員は、CPRA運営委員5名、顧問弁護士2名であり、それに、アドバイザーとして文化庁著作権調査官の協力を得た。  検討にあたり、プロジェクトチームはセンター拡充の背景と視点を次のとおりとした。(プロジェクトチーム“まとめ”から)

[CPRA拡充の背景]
  1. センターが行う権利処理業務については、情報公開と権利の委託者、国民に対する説明義務がある。
  2. 現在検討が行われている映像に係る実演家の権利の見直しに関し、センターとして映像実演の利用に対する円滑な権利処理システムを提供する必要がある。
  3. 文化庁著作権審議会「権利の集中管理小委員会専門部会」において、仲介業務法の見直しと併せて指定団体制度の見直しも行われている。
  4. 権利委託関係団体からの見直し要求の動きも現にあり、指定団体が複数という考え方もあり得るかもしれない。
[CPRA拡充の視点]
  1. 個別分配が原則であることの確認(JASRAC型の分配)と共に団体分配の見直し(縮小化)が必要である。
  2. 管理手数料は、権利の管理に要した費用であることの確認を行うべきである。
  3. 共通目的基金、拠出金等については権利者の合意に基づいて支出する必要がある。このために、私的録音補償金管理協会(SARAH)の共通目的基金とセンターの共通目的基金の関係整備、一般会計事業の財源確保は重要であり、繰入金支出の共通目的基金化又は拠出金化の検討を行うべきである。
  4. 分配対象者の確定をはじめ分配システムの整備が欠かせない。このために、事務組織の整備(人材確保、業務委託等)、権利委託者(分配対象者)の確定とアウトサイダーに対するクレーム基金での対応、JASRAC型の分配システムの導入、を検討する必要がある。

4.個別分配の原則と共通目的使用

 CPRA拡充の視点の中で、重要なことはお金の扱い方が基本的に変わったことである。その典型例が商業用レコード二次使用料である。  芸団協は昭和46年商業用レコード二次使用料を受ける団体として文化庁から指定されているが、文化庁は芸団協に対して基本的考え方を次の通り示した。

  1. 芸団協の課題は第一義には如何に放送におけるレコードの使用を制限し、生を増やすかにあり、第二義に補償、第三義に分配である。
  2. 文化庁の希望としては、二次使用料全額が芸団協によって全体のために使われることが理想である。
  3. 全体のために使うという芸団協の役割を担ってなら部門ごとに分配しての使用も結構である。
  4. 二次使用料請求権は、法律的には個人の権利であるが、法の運用においては「全体のために使ってほしい」とする精神の権利である。

(昭和47年11月6日芸団協における文化庁著作権課長講義要旨から。)

 この方針に従い、芸団協は個別分配を行わず、団体に分配し、『WIPO―隣接権条約・レコード条約解説』(大山幸房訳、著作権情報センター発行、70ページ)にいう「集団制度」(collective system)をとってきた。  商業用レコード二次使用料における「collective system」は永年、実演家にとってなじみやすい考え方えであって、実演家の権利の全体を論じる場合にも、一つの基調になってきた。  しかし、今この考え方は変化している。そのきっかけは、平成4年著作権審議会使用料部会の報告である。報告は『使用料等の分配に関しては、使用料等の今日的な意味などを踏まえ、公正な分配が行われるよう、団体内部で分配基準についての検討が行われることが望ましい』と述べている。  平成5年に発足したCPRAは使用料部会報告を契機に検討を継続し、現在は個別分配を基本とする方式に変わっている。その背景には、情報処理技術の発達によって実演が利用された場合の権利者データが整備されるようになったことがある。技術の発展は実演家の権利の拡大を促すと共に、権利の扱い、使用料等の分配に援助を与えている。  個別分配を基本とする一方で、実演家は、権利者の合意の下に一定部分を共通に使用することも模索している。実演は実演家の共同作業であり、また、他の実演家の影響を相互に受けながら成立する行為であり、芸能文化全体の基盤の確立と進展がなければ、個々の実演は開花しないからである。実演の土壌を豊かにしながらそこから生まれる果実を個々が収穫することが必要である。  個別分配というリアリズムと共通目的使用というロマンチシズムを両立させることが、パーフォーマーイズムであるといえないだろうか。相反する二つの方向を調和させるところに実演家の権利の現代的意義がある。

5.CPRAの目指す方向

 国際的にも、国内的にも時代の思潮が変化し、公的組織、営利組織、非営利組織などの仕組みが大きく変革していく中で、実演家の組織もまた意識の変化と構造の改革を必要としている。この状況の中で、実演家団体の境界線を越えて、“個人個人の実演家”と“日本の芸能文化”に視点をおいて、実演家は、“CPRA”を構築しつつある。  1999年は実演家にとって転機である。WIPOでは“視聴覚的実演の保護に関する議定書”が検討されており、国内では文化庁の“映像分野の著作権等に係る諸問題に関する懇談会”で映像に係る実演家の権利の見直しが行われている。  こうした国際的、国内的な規範づくりに並行して実演家の権利の管理システムをどのようにつくるかが重要な課題になっている。  権利の保護と公正な利用は著作権法の二つの命題であるが、これを調和させるためには権利の集中管理が必要である。特に実演においては多数の権利者が関与するため、権利行使についての統一的な秩序づくりが求められている。  このシステムが仕上がらなければ権利の確立も空念仏に終わるおそれがあろう。  なお、CPRAは現在次の課題に取り組んでいる。

  1. 全権利者の権利委託をどのように受けるか。
  2. 実演の利用についての秩序をどのように形成するか。
  3. 権利者データの基盤整備をどのように行うか。
  4. 市場原理に基づく効率的な権利処理機構をどのようにつくるか。
  5. 実演家全体、芸能文化全体の環境整備をどのように行うか。

コメントを投稿する




*

※コメントは管理者による承認後に掲載されます。

トラックバック