実演家著作隣接権センター(CPRA)の基本思想 ―かつて係わった者の覚え書―

棚野正士備忘録

棚野 正士(IT企業法務研究所代表主任研究員、元芸団協専務理事)(05.5.20記)

 実演家著作隣接権センター(CPRA)は、実演家の私的財産権を団体的に扱うという考え方から脱却して、私的財産権管理の基本に回帰するという考え方の転換に基づき創り上げた専門機関である。それは思想の転換であり、同時に意識の変革でもある。その変革は難しい問題ではない。まことに単純、明解な事柄である。「各人の物は各人の元へ」「権利者の物は権利者の元へ」という簡単な思想への回帰である。権利者の財産権の尊重という近代市民社会の基本原則に立脚する当たり前の思想である。  実演家の権利の管理は、実務的には商業用レコード二次使用料からスタートしており、このため私的権利の管理に関する思想が団体主義に傾きすぎた傾向があった。管理は組織、団体により行われるため、団体主義による管理は団体にとっては安易である。「権利者の物は権利者の元へ」という原則に立つことは、原則に立脚するという意識を明確にして、そのための具体的・現実的システムを創り上げ、そのシステムの厳格な運用が計られなければならないので、強い使命感と努力、さらには高い技術力を要する。  商業用レコード二次使用料は、“機械的失業への補償”という国内法の立法趣旨の下、さらには初期の扱い金額の規模、権利者データの不存在などの事情から過渡的に団体目的的に扱っていた。団体的管理は必然的にややもすると姿勢がルーズに陥る危険があった。厳密かつ緻密な管理を要求されなくなるからである。人間の体に例えると、団体的管理で体は太り腹が出てくる現象に似ている。わるいことに本人はそれに気がつかないことが多い。  商業用レコード二次使用料は、“団体システム”によるにしても本来厳密な姿勢が必要であった。しかし、機械的失業という立法趣旨のため、ルーズになり勝ちな傾向にあった。又、その意識が他の権利の管理にも無意識に影響を与えた。  団体システムの恐さは、組織内の馴れ合いを招きやすいということである。団体の意思はその執行部の合意により形成される。合意さえできれば組織の意思は決められるため、「組織的馴れ合い」に陥りやすく、「権利者不在」に陥りやすい。権利者不在の環境は空気が淀みやすい。ものを言わない、姿が見えない権利者よりも目の前の執行者同士の内部的合意で組織の意思を決定し、権利の管理を執行していくほうがやさしく楽である。通常は権利者からは管理者の姿は見えず、かつ自分の権利が関与していることすら気がつかない。したがって執行者は権利者への配慮よりも、内部合意に意を注ぐことになる。この状況から抜け出し、自らを“裸の王様”にしないためには、執行者が視線を権利者に置くことである。  著作権法を受けて政府から指定された実演家の権利管理団体は、商業用レコード二次使用料に関して法施行当初、運営を団体的に行い過ぎた。機械的失業という立法趣旨に寄りかかり、私的権利に基づく財産権という原則から離れ過ぎていたように思われる。  しかし、機械的失業という立法趣旨にしても、本来はもう少し厳密性が要求されたはずである。法施行時の行政府の指導にしても本来は法的に厳密であったと思われる。しかし、すべては機械的失業という緩い広すぎる概念の中に呑み込まれて許容されてきた。しかも、指定団体の私的自治がその状態を許してきた。私的自治はよほど緊張感を持続しないと甘くなってしまう。  WIPOが想定した「団体主義」(注)にしても、相当に限定された仕組みであるはずである。FIM、FIA、IFPIのロンドン原則にしても日本の指定団体ほどの緩さと広さは想定してなかったと思われる。 (注:WIPO条約解説は商業用レコード二次使用料についてこう述べている。「条約が定めていないもう一つの重大問題がある。それは、実演家に支払われるべき報酬は、各個人に分配すべきか、又は実演家の団体に渡して実演家全体の利益のために共通の若しくは社会的目的に使用することができるかである。」「もちろん、論理的見地からは、放送又は公の伝達に使用されたレコードに自己の実演を提供した実演家だけに報酬を支払うべきであると思われる。もっとも、若干の実演家を代表する団体は、レコードの使用によって生じる損害を理由として、雇用の機会を失うことによってその影響を受ける者に金を支払うべきだとの立場をとる。条約は、二次使用は実演家全体に損害を与えるのであるから、もっぱら補償の問題であるということを根拠にして、加盟国が個人の権利を無視して、集団制度(collective system)を設けることを条文上禁止していない。(略)このような解決策は、特に発展途上国において、地域の芸術家にとって助けとなりうる。」(著作権資料協会(現・著作権情報センター)発行、大山幸房訳「隣接権条約・レコード条約解説」69ページ)  WIPOが言う集団制度(collective system)はもう少し厳格である。機械的失業にしても、それは基本的には音楽家の機械的失業ではなかったか。俳優はおろか舞踊家まで機械的失業を想定するわが国実演家の解釈は説得力にかけていたように思われる。商業用レコード二次使用料に関する実演家の権利の立法趣旨に機械的失業の補償の意味があるにしても、受益者の範囲はそれほどには広くはないはずである。それは法律の趣旨、文化庁の指導要領に照らしても明らかである。  実演家著作隣接権センター(CPRA)は、そうした曖昧さから脱却するために創設した。特に商業用レコード二次使用料に関して、曖昧な運営になりやすい団体主義から脱却して、私権の現代的管理を行うために作られた。実演家の権利の歴史的役割を終えた団体主義的構造、社会主義的構造からの脱却であり、実演家の権利管理の現代的体制への変換である。

以上

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