私的録音録画の損害とは何か

棚野正士備忘録

―私的録音録画小委員会(第5回)(07.6.15)を傍聴して―

棚野 正士(IT企業法務研究所代表研究員)

 文化審議会著作権分科会私的録音録画小委員会(第5回)で委員の方々の熱心な議論を傍聴して、ひとつの問題提起が特に印象に残った。権利者にとって、私的録音録画による損害とは何かという基本的課題である。  小委員会では、一般消費者を代弁する立場に立つと思われる委員の方から、「私的録音録画による損害、損失とは何か。」を権利者は説明して欲しいという意見が出された。「何に対して補償金を支払うのか。私的録音録画によるCD等の売り上げの減少というマイナスもあるが、逆にプラスもあり、結局プラス、マイナスゼロではないか。」という問題提起である。委員は、“これを言うと、重箱の隅をつっついたという感じを与え、まともに応えてもらえない。”と付け加え、権利者の説明を待っている風であった。  この問題は確かに根源的な基本問題であるので、立場によって対立するのではなく、委員会が共通認識として共有すべき課題ではないだろうか。昭和52年からの公的な議論も踏まえて考えると、「損害あるいは損失」とは、著作物等を利用した商品の営業上の問題ではなく、法的な課題として、次のように考えられないだろうか。

 著作権法第30条(私的使用のための複製)は著作権及び著作隣接権の制限規定である。原則は著作者等が有する許諾権である複製権(実演家の場合は録音録画権)であり、例外として第30条他の権利の制限がある。  もし、権利の制限という例外規定がなく原則規定だけであれば、私的複製といえども著作者等の許諾を必要とし、許諾条件として、利用に対する対価も問題となるはずである。しかし、実際には権利の制限規定があるため、第30条の例外規定によって、原則から生れる筈の対価が失われることになる。  著作権法で「損害」について、次のような考え方がある。すなわち、「その著作権又は著作隣接権の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額を自己が受けた損害の額として、その賠償を請求することができる。」(著作権法第114条第3項)という考え方である。  この場合、私的録音録画における個々の著作物等の利用について、受けるべき金銭の額を算出することはできないが、社会的総額を推計することは可能であり、その推計される総額をすなわち権利者の損害と仮定することはできないだろうか。

私的録音録画補償金制度は、社会全体として例外規定による“損害”が拡大し、原則が揺らいできたために設計された社会的バランス装置である。

以上

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